4ヶ月間の絶望と無気力の理由

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みなさま、こんにちは。かなりお休みしていたちぃやんです。

本当に、時間が自由に使えるっていうのはありがたいことですね。
感謝しながら、ぜつぼーとむきりょくで、ずーっといました。

きっと病院にいったら、なんらかの精神病か、うつ病と診断されていたでしょう。
でも病院には行かないで、感情を感じ尽くすことを選びました。

なぜなら、絶望と無気力の理由がわかっているからです。
そして、抑圧ではなくて、
感情を感じるということがいかに大切かを痛感しているからです。

 

なぜ、そんなに落ち込めたのか。

それは、自分軸が確立された、三浦がいてくれたからです。
だから、共依存にならずに、私は自然な自分でいることができました。
 
いつも緊張でニコニコ張り詰めていた私は、
私は今まで、ここまで、心から安心したことはありませんでしたし、
心をここまで開いた人も初めてです。

ダメな自分を、全部出しては絶対にいけない。
嫌われるし傷つけるし、いいことなんてないって、
思っていましたから。

旦那さんも、本当にとても優しくしてくれて本当に感謝でしたが、
こんなぶっとんだ私のすべてを、心から受け入れてくれる存在は、
やっぱり存在がぶっとんでいないと無理だったんですね。

だから、安心して絶望することができました。
本当にありがたかったです。
 

今は、すごい自分の中で大きな気づきがあって、かなり回復してきました。
そのことも、詳しく書いていきますね。

マインドをはずしていくということがどういうことか、
少しずつ私の体験談から伝えられそうです。(^_^)

今は、自分が人生をかけてすっごくがんばってきたこのことを、
いかに自分も楽しんで伝えるか?♪ということと、

みんなのマインドの牢獄の鍵をあけて、
心を自由にして、一緒に笑いあっちゃおう♪♪
というのが自分の今後の楽しみであります(^◇^)

今回は、楽しめる自分になるために、
一緒にみんなと笑いあって楽しくお仕事ができるようになるために、
その準備段階の、絶望だったようです。

 

そして私がなぜ、そんなに落ち込んだのか。

それは、この人生で自分がやってきたことが、無念だとずっと思っていたからです。

 

「私はただ、大切な家族に、心から笑ってもらいたかった。
 本当は、いっぱい一緒に笑いあいたかった。」

 

でも、それが全くできなかった。

 

悔しくて、悲しくて、残念で、成仏できないぐらいのこの想い。

それは終わりのない執着となって、ずっと自分の生き方を型にはめてきました。

だから自由から遠のき、そしてその無念の想いは強いため、
毎日のように自分の中で現実化されていました。

その繰り返しで、人生は苦しい生き地獄のようでした。

そしてさらに、私は自分が悲しがっているところ、
怒っているところは他の人に見せたら迷惑だ、
もしかしたら人を傷つけてしまうかもしれない。
というマインドの強い思い込みもあり、

いつもニコニコして、どんどん負の感情を1人ぼっちで抱えていきました。

だから私の人生はずっと、緊張しっぱなしで、不自然きわまりないものでした。

心が叫びたいのに、抑圧だらけの私は、
体にたくさんの痛みや重さやだるさや症状を発生させて、
それでも発散しきれないその心は悪循環だらけで、
学校で友達を作る、社会で働く、社会になじむ。

それが全然できませんでした。

 

私は人とまともに接することができないのだから、
普通に会社に勤めることも、もう無理だ。
(実際に正社員に一度なったのですが、すごく苦しくて、研修中の1ヵ月半でやめたのでした)

ネットビジネスをお仕事にして、やるしかない!
そう思って、この道に入りました。

できれば、みんなが幸せになってお金もたくさん入るビジネスがいい。
私は自分でこれ!と決めたら良くも悪くもまっすぐなので、
大きな収入を得るまでがんばりました。
 
私の母は、極めてお金が大切な人で、お金以外は信じられない。
そういう想いをもっていました。

いつもお金のことを心配していましたから、
私は、お金をたくさん自分が得れば、
私も安心と、幸せを得られるのかもしれない。

お母さんにたくさんお金をあげられたら、
お母さんも喜んで、笑ってくれるかもしれない。

と思ってがんばっていたところがあったんです。
 

でも、それは現実に叶ってみたら、どちらも違ったんですね。

 

私は、すっごくがっかりして。

それからやる気が全然なくなってしまいました。

 

ネットビジネスはホームページが自分の代わりに物やサービスを販売してくれますから、
不労所得がそれからずっと続きました。

 

「お金も時間もたっぷりあって、
 ものすごく優しい彼氏がいても、私は、幸せじゃない。」

これは私たちのぜろまいんどの初回の記事の最初でかいた言葉ですが、

一般的に、ふつーに、
「お金も時間もたっぷりあって、彼氏もいて、なんでも自由にしていいよ。」
って言われたら結構幸せだと思うんですよ。
 

わーい、どこにいっちゃおうかな。何して遊ぼうかな。
って、そんな感じになると思うんですね。

 
私は、おいしいごはんを食べても常に緊張していたり、

彼が誕生日にディズニーランドホテルを高いのに2泊取ってくれて、
入場時、胸に誕生日シールをはってもらったのですが、
ディズニーで働く方が近づいてきて、
「おめでとうございます♪」と言ってくれるたびに、びっくり、びくびくしていたりw

こ、この人にも言われるのかな??と、超びくびくしながら歩いていて、
結局、怖すぎて隠れようとしていたり。(←ここでも生きている罪悪感丸出しですなw)
最後には、シールはがしたんだったかなぁw

沖縄旅行に一週間ぐらい行っても、緊張がMAXになってバスの中で泣きだしたり、
(MAXになって感情があふれるとやっと泣けるって感じで、それまですっごく我慢する感じです)
幸せって感じられなかったんです。

 
あぁ、私はなんて心が貧しいんだろう。
って、みじめでみじめで、もう幸せのために何をやったらいいかわからなくて。

私は自分を生きていなかったから、
どんなに外側が豊かになっても、受け取れなかったんです。それを。

 
一般的とか、フツーとか、そういうのじゃなくて、
「自分が何をしたいか」それが一番大切だったんですよね。
 

私は、不思議なことに生まれた時から自分に罪悪感を抱えていて、
自分が楽しむこと、自分が自分を生きることを許せませんでした。

だから人に喜んでもらったり、人を幸せにすることでしか、
自分の存在価値を認められなかったんです。

でも、自分を生きることが、本当は一番幸せなんですよね。

 
お金があって、時間もあって、彼氏もいて。
それは、自分を生きてこそ、幸せを増幅させられる、ありがたいものや人であって、
自分を生きていなかったら、受け取れる心が0だったら、
何があっても、0になっちゃったりするんですよね。

それを体験して、
私は20代前半から、そのお金と時間を使って、自分の癒しをはじめました。
 
他人主体で生きてきたからこそ、いっぱい傷ついてきた心。

三浦みたいに自分がやりたいようにやる!って生きてきたら、
傷つくことなんて、ほとんどなかったんでしょうけどもw(←本人も、うんって言っています)

何年もかけて、いっぱいの経験をしてきたけれども、
私のテーマは「自分の存在そのものが許せない」ということでしたから、
これがすごく難しかった。

いらないマインド、固定観念をすごくすごく、くっつけていましたね。

 
これはこうでなければならない、ああでなければいけない、
そんな縛りを自分につけまくって、1秒1秒、自分をずっと責めていました。

(最初は、癒しを取り組んだら、すぐに治るだろう♪と簡単に考えていたのですが、
 いろんな人にトップクラスの重症と言われたり、自分でもあまりに治らなさ過ぎて、
 今では極めてレアな重症度&感情の抑圧度だったのではないかと思っています。
 それだから、いろいろわかるし、伝えられることがある♪と今ではうれしいのですが^^)
 

かなりお金をかけ時間をかけて自分の傷の癒しに取り組んでも、
本当に、すこーーーーしずつ、自分を存在を否定する緊張がほどけていったという感じで、
すぐによくなったということは私は全然ありませんでした。
(それも人それぞれで、ポイントを抑えればすぐに、
 自分主体に楽しく生きられるようになる人もいっぱいいます^^)

 
私はいっろいろな固定観念のマインドで自分を縛っていたものですから、
その一部分を許せるようになっていったとしても、
結局私は、自分の存在自体が許せないのですから、
心のそこから、安心したことはありませんでした。
 
「いっつもニコニコ、怒ってるときも、悲しいときも、
 直接人と話してないときも笑ってないといけない」
 というマインドがあったのですが、

直接人と話していないときは、少し無表情でもいいかな~
ぐらいになってきて、じゃあ、少しむすっとしてみよう、になって、
でも罪悪感もいっぱいで、
本当にちょっとずつゆるんできて・・・という感じで、

癒しをしはじめて何年かたったときに会った旦那さんにすら、
1年かけて、いっぱいいっぱい練習して、怒れるようになったぐらいです。
それほどきついマインドで縛られていました。
 
本当に奴隷のように、自分をコントロールしなければなりませんでした。
それぐらい、自分に罪悪感があったのですね。

だから、旦那さんのおかげもあって、泣いて、怒れるようにはなったけど、
本当の自分で安心してそのままでいていい、ってなったのは、
三浦がはじめてなんですね。

私は、大切な人が困っていると、自分のことを置き去りにして、
その人を幸せにするために無理してがんばってしまう、という性質がありました。

なぜなら、私1人で笑ってるんじゃなくて、
「一緒に」共感しあいたいし、笑いあいたいからです。

だから、旦那さんの余裕の無い姿を見て、
私が幸せになることを自分に許せなかったんですね。

だから、お互いにがんばりやさんな2人が、
無理にがんばりすぎて、とうとう壊れてしまったんですね。

三浦は、勝手に自分で何でも楽しんで喜んでいるタイプで、
こんなにドン!と構えていてくれる人にあったのは初めてで。

どんなに私が落ち込んでいても変でも、それを喜び、楽しんでくれたんです。

だからこそ、私ははじめて、自分のためだけに、
今まで置き去りにしていた感情を感じつくすことができたんだなあ、と思うんです。
 
私にとっては本当に大きな絶望を、ニコニコの鎧でずっと隠してきた私は、
絶望と無気力の中、自分と数ヶ月、本当の感情に向き合い続けることができました。
 

「私は、本当は、家族と一緒に笑いあいたかった。

 お母さんを幸せにしたかったし、心から笑ってもらいたかった。
 それで一緒にたくさん笑いたかった。
 
 でも、それができなかった・・・

 旦那さんとも、今までの彼とも、本当の意味で、一緒に笑いあうことができなかった。

 私がもっともっとがんばれば、もっと強かったら、もしかしたら、一緒に笑えたのかなぁ。。。

 一緒に笑いあえないのなら、大切な人1人さえ喜ばせることができないのなら・・・

 私なんて、生きていても、ぜんっぜん、意味がない!」

 
こういう気持ちが私の中で強すぎて、
今までずっと無気力や絶望感、何もかもあきらめがすごかったのです。

父に捨てられた母は、いっつも怒って、文句をたくさん、言っていましたから。
笑いあえた記憶が、ないんですよ~。

頭では、もう、一生懸命がんばったんだから、その事はそんなに引きずらなくてもいいじゃん、
もうずっと前のことなんだし。という考えも浮かんだりするんです。
 
でも私にとっては、本当に一番大切なことだったから。
 
お金と時間や物や新築の家や立派な旦那さんや、いろいろ外側のものがいくらあっても、
それが無ければ、他のものなんて意味がないと思うぐらいに大切なもの。
ということもすでに長年の経験で体感済みでした。

それほど無念の感情が、まだいっぱいあったんですね。
 
結局人生って、「自分がやりたいことを、楽しんでやれるかどうか」
それがいっちばん、大切なんだな。と、この人生で感じたのでありました。

 
そして、無念の強い想いを自分で感じつくしたら、
すご~く、見えてきたものがあったんです!

 



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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神様にテキトーに聞いた、2人の役割

ちぃやん
1.みんなを楽にすること
2.正直な生き方を伝えること
3.人と人を調和させること
4.神の考えを伝えること
5.霊を癒やすこと
6.神の存在を伝えること

三浦
1.楽しむこと
2.協力しあうこと
3.愛すること
4.自分を楽にすること
5.今を生きること
6.固定観念を超える人を増やすこと

だそうです。
本当にそうなのかはわかりませんが、
できたらいいね。(テキトーw)

どんな自分もあなたも、尊重します。

三浦とちぃやんは、みんなで今に正直に、
自由に生きられたら最高だと思っています。

だから私達と一緒の時は、
感情にフタをしなくて大丈夫です。

あなた自身の気持ちを見つめてください。
一緒に自分に正直に生きていきましょう。

「今」に抵抗するあらゆるマインドを超えて、
自由な人生を、共に歩んでいきませんか。

大切な同志&仲間たち

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