とんかつ屋にて、三浦がマインドの世界に在らず、「今の連続」に在ったことを知る

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↑これを食べました。

11月1日。
「あー、今日は『これ気に』の公開記念日だ〜。」

と、ふと思いだす私。

 

2人でお祝いのごはんを食べに行き、
また丸くなって帰ってきたちぃやんです。

 

「これ気に」とは、私のむか〜し作ったサイト、
「これは気になるっ!ネットで稼ぐ幸せ収入生活」

の略です。

 

ちぃやん「三浦が『これ気に』を検索で見つけてくれたから、
私は一緒にいて、こんなに楽になれたんだよ。

 
今では放置サイトだけど、本当に作ってよかったなぁ。
ありがとうね。
 

もう10年前ぐらいに公開したサイトだよ。
今は何周年になるのかなあ。

11年だったとしたら、11月1日で11111だね!」

 

ということで、開設してから11年ぐらいのサイトです(@’-‘@)*✲゚*

(今調べたら13年目でした。w)

 

昨日『これ気に』のサイトを全て見返してみたのですが、
書いていることがとても古く感じられ、
「根本的に価値観が変わったんだなあ」としみじみ。

 

「お金をたくさん稼ぎたい!」

という強い意識から、

「お金があったら楽しい、無くても楽しい。」

どっちでもいいぞ♡という感じになりました。

 

パートナー三浦が会社をやめて、
ネット収入を得ようと考えはじめた時期に、
検索で見つけてくれた「これ気に」。

 

三浦「他のサイトは稼ぎ方、ノウハウが多いんだけど、
これ気には、体験からくる根本的な考え方しか書いてなくて、
ノウハウが書いてなかったからねw」

 

はい。そうですねw

 

普通は、ネットですぐに稼げる方法とか、そういう情報が見たいですもんね。

 

三浦は根本的な土台を大切にするから、
私のサイトが目にとまったのかもしれません。
さすが大工(でぇく)の息子です。

 

海老の天ぷらやトンカツを食べながらちぃやんは、

「私は三浦のいるところに、やっと来られた気がするんだよ。」

という話をしはじめました。

 

◆三浦のいる戦い(抵抗)の無い世界と、私のいた戦い(抵抗)の世界

 

私はこれまでずっと、
「三浦と私の住んでいる世界は違う」
ということを感じていました。

 

同じ場所で、同じ時間を生きながら、
なんだか次元が違うのを感じていたのです。

 

これまでずっと、

「マインドは減らしていったほうが、苦しみが解放され自由になる。
 だからマインドを減らすことが一番いい。引き算が大切なんだ。」

と思っていました。

 

確かにマインドを落とすと苦しみは減るし、
どんどん楽にはなっていきます。

 

でも、減らし続けても、
三浦のいるところまでたどり着くのだろうか。
 

三浦がいるところは、世界が違うような気がする。

 

ちぃやんが今いるところがAの世界だとすると、
Aの世界の延長線上に、三浦の世界は無いのではないか?

 

「ちぃやんのAの世界」と、「三浦のBの世界」というように、
そもそも違う世界なのではないか・・・と感じていました。

 

今までも、確実に何かが違うと感じてはいたけれど、
でもそれが何なのかが、やっとわかったんですね。

 

それがなんなのかというと、
ちぃやんのAの世界は、どこまでいってもマインドと戦っている(抵抗している)世界で、
三浦のBの世界は、何とも戦わない(抵抗しない)今に在る、非二元の世界だったのです。

 

それはつまり、
自我にとらわれているのか、
(過去や未来に縛られた、マインドの世界に生きているのか)

永遠の今(マインドというフィルターを通さないありのままの世界)を生きているのか。

 

ひとことで表現するなら、
その違いだったんです。

(ただ、ひとことで表現はできても、今に在ることは、
 マインドが強ければ強いほど、難しいんですけどね)

 

私がやっと「今」を感じられるようになって、
その違いがはっきりとわかるようになりました。

 

マインドをいくら落としても、それが0になるには、
気が遠くなるほどの時間と労力がかかる。
 

そもそもマインドと戦わない、抵抗しないことを選べば、
「マインドがあってもなくてもいい」、というふうになるんですね。
 

なので、ある一定マインドを落とし、苦しみを少なくするのも大切ですが、
どちらでもいい、戦わないところに行けば、もっと楽になるんです(^^)

 

◆表面の形を超えた、「今に在る三浦」の存在を求めた私

 

表れている形だけを見るなら、
当時の「月収100万円を達成し、
ネットビジネスでずっと収入を得ている元旦那さん」と、

当時の「無職&貯金ほぼなし三浦」では次元が違います。

 

元旦那さんと比べるまでもなく、
三浦は、お金や、学歴や、清潔さなどは、
どれをとっても普通以下です。w

 

その3つ以外でも、「表面に表れている形」としては、
普通以下なことがいっぱいあると思うんです。

 

ただ、普通ではダメだと思われる所でも、
私からしてみれば、

「お金や学歴にとらわれない所がいい」とか、
「服が汚くなっても大切にする所がいい」とか、

魅力的な表面の形になったりもします。

 

でも、そういう表面に見えている形だけではなく、

私が三浦に一番惹かれていた所は、

「『今に在る』三浦」という存在そのものだったんです。

 

楽しむことが極端に苦手で、物欲も多かった私は、

もやしや豆腐、蕎麦だけでも充分生きていけるし
普通は面倒くさいと思ってしまう料理や、仕事もなんでも楽しめる。
(すべてが楽しいから、無理に彼女を作らなかったらずっといなかった)
 

そんな三浦を、出会った時からとても不思議に感じていました。

 

でも「今に在る」ことができれば、
一瞬一瞬が新しく、
何もしなくても内側から喜びがあふれ、
楽しいと自然に感じられるということ。

 

それをとんかつ屋でお話しすることで、

「あぁ、これって、私も同じになったってことかー!
 何もしてなくても、何をしてても楽しい世界だもんね、ここ。」

と、三浦と楽しい感覚も共有できていることを、
初めて認識しました。w

 

今に在ることが、どれだけ平和で安心で、喜びに満ちていることなのか。

 

それを体験してしまうと、
今までマインドの世界で求めていた幸福というのは、
一瞬で過ぎ去る、ただの現象にすぎなかったことがわかります。

 

私は、不足感から何かをがんばって達成したり、
すごい所に到達して得られる「一時的に幸せな世界」ではなく、
三浦がいる、「常に足るを知る世界」を、ずっと求めていたんですね。

 

それをやっと、こうして言葉で表現できる時が来て、
そしてもう不足から求めることがなくなるなんて、
夢にも思いませんでした。

 

それは、とてもお金に換算できない価値だと思うんです。

 

どんなに頭が良くても、どんなに成功してお金があっても、
マインドの世界にいる限り、常に不足と孤独の感覚があり、
何かと戦って勝たなければいけない(生き延びないといけない)からです。

 

マインドも大切なんですが、
それに飲み込まれるのではなく、
活用していけたらいいですよね。

 

今に在ることで、三浦を不足から求める気持ちや、
自分の欠けている部分を補うという気持ちは消えてしまいました。

 

だから、三浦をコントロールしようとしたり、
ずっと一緒にいてくれないと寂しい、
ということも無くなりました。

 

三浦が私から離れていったとしても、
そこで三浦が楽しんでいれば、
それでうれしいんです。

 

なぜなら、最初から満たされているからなんです。

 

自分も人も所有しようとしないのは、
すごく軽くて自由だから、それもまた喜びなんですよ(^^)

 

◆でも、外側からは「今に生きているのかどうか」は、ひじょ〜にわかりづらい

 

誰でも超スッキリさせてしまう、実力と実績がすごい
知り合いの気功整体の先生がいるのですが、
友達から聞いた所、三浦のことを、

「田舎にいけば、どこにでもいる感じの人だね」

という感じで言ってたそうです。

 

うん。そう言われれば、そういう感じもする三浦です。w

 

私も意識して三浦のことを見ない限り、
三浦がいる世界は見えなかったんだと思います。

 

また、21歳で覚醒した富平正文さんの「幻想からの解放」という本では、
自分がものすごく変わっても、外側からはほとんどわからないようだ、と書いています。

 

幻想からの解放
13ページより引用

私の内側の状態や変化に気付いた人はおらず、
最も近い家族でもそうであり、
あまりにも通常の生活や世界と
かけ離れていたその状態のことについて、
話そうとも思いませんでした。

 

そして後に、自分にはとてつもないほど
根本的な体験や変容であっても、
ほかの人からすれば起こっていないに
等しいものであるということを知りました。

 

それというのも、かつての自分もそうであったように、
霊的な目や気づきが少しでも開かれなければ、
人は単に相手の肉体的な外見とそれに対する
心のきままな反応や解釈ぐらいしか見ることができない
という単純な事実に気づいたからでした。

 

最も古いつき合いである両親の中にすら
神が感じられるようになっても、
向こうから見れば、少しばかり雰囲気が変わった
息子がいるだけなのでしょう。

 

これを初めて読んだ時、

「へぇ〜、覚醒した人でも、外から見るとあまり変わらないのかな?」

と疑問に思っていましたが、今ではその感覚がよくわかります。

 

天然な三浦には多分、

「前より少しずつ、ちぃやんは元気になっているな」

というふうにしか見えていない気がしますw

 

でも、私の内側は、自分という概念がなくなってから、
根本の何もかもが変わっているんですよね。

 
自分の中で常に闘いが起きていた当時と、
誰とも闘わない常に平和な今、という一部分だけでも、
相当な違いがありますから。

 

◆天然仙人(?)三浦はすでに「なにものでもなかった」

 

三浦は非二元はよくわからないし、そんなに興味がないと言います。

それはそれで、全然いいと思います。

すでに楽しんでいるのですから。
 

過去に一生懸命、「特別な何者か」になろうとしていた私。

 

「何者でもないって、一番いいと思うんだ。
 だって、なんにでもなれるっていうことだから。」

 

出会った当時のこの三浦の言葉に、
意味がわからないけど、
惹かれるものがあったんですね。

 

色即是空、空即是色の意味である、
「何もないところから、全てが現れている。」という
非二元のメッセージと同じことを自然に言う三浦。

 

今に対する欲や、抵抗がない三浦はすでに、
空っぽであるからこそ、あらゆる全てが充満している、
非二元・ノンデュアリティの中で生きているのかもしれません。

 

そんな話を、とんかつ屋でした私たち。

 

天然三浦は、

「自分が何の役に立っているのかさっぱりわからない。」

と言います。

 
でも三浦と一緒にいるだけで私は、
自然に三浦の今に在るエネルギーを受けとっていたんです。

 

個性は今でも正反対な2人ですが、
住む世界が同じになったので、
これから天然仙人の三浦の世界の翻訳も、
本当の意味でできるのではないかと思います。

 

マインドの世界の極限を体験してきたちぃやんは、
これから「今に在る」ということを、極限まで体験するのかもしれません。

 

両方の世界を見ることができたちぃやんは、
今となっては本当に、貴重な体験をしに生まれてきたのだと思います。
 

天ぷらとメロンジュースでおなかいっぱいになりながら、

「これから伝えたいことがいっぱいあるぞおー」

と密かにわくわくなちぃやんでした。

 

なるべく誤解がなく、伝わりやすいようにと思うと、
いつも自然に文章が長くなってしまうのですが・・・w(今回は4674文字)
 

読んでくださりありがとうございます。(❁´ω`❁)

 

これを書いて欲しいなどのご要望は、
下にあるLINE@や、ツイッター、
右下のメールフォームからいつでも送ってくださいね。

 



最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 

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神様にテキトーに聞いた、2人の役割

ちぃやん
1.みんなを楽にすること
2.正直な生き方を伝えること
3.人と人を調和させること
4.神の考えを伝えること
5.霊を癒やすこと
6.神の存在を伝えること

三浦
1.楽しむこと
2.協力しあうこと
3.愛すること
4.自分を楽にすること
5.今を生きること
6.固定観念を超える人を増やすこと

だそうです。
本当にそうなのかはわかりませんが、
できたらいいね。(テキトーw)

どんな自分もあなたも、尊重します。

三浦とちぃやんは、みんなで今に正直に、
自由に生きられたら最高だと思っています。

だから私達と一緒の時は、
感情にフタをしなくて大丈夫です。

あなた自身の気持ちを見つめてください。
一緒に自分に正直に生きていきましょう。

「今」に抵抗するあらゆるマインドを超えて、
自由な人生を、共に歩んでいきませんか。

大切な同志&仲間たち

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