他人軸から自分軸へ しんどい人生からラクな人生へ わたしの場合③

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つづき

そうこうするうちに、
グラウンディングの必要性、というものに目覚めます

またもや、ありがたい導きによりw

私のタマシイは。
ココロもアタマもバラバラに分裂していたせいか、
肉体から半抜け』だったのだと推測しますw

もう、嫌になっちゃって

モノゴコロついてから私は、
地球で生きること』が、
怖くて怖くてしかたありませんでしたw

そのまま時間が経ち、
体があること、名前があること、体を維持するための行動すべてが無意味で、
疲れ、磨り減ることでしたw

自分の名前・・・First Nameにも、 Last Nameにも、
まったくシックリきたことがなく

小さい頃、妹に
ねえ、自分の名前、すき?』
と、訪ね聞いたことが忘れられません。

妹はきょとん顔
?
というリアクションでしたw

かんがえたこともない、というリアクション。

いまだに
名前を呼ばれても『自分のことだと気づかず、反応できないこともしばしば。

自分で自分を『りえさん』と書いていても、他人事のようですw

名前とは、
存在、対象、見分けるための便宜上の手段w
だと、認識していた名残がガッツリありますw

いつの日にか
なじめることを願いつつ、愛着をもって呼んでいくことにしましたw

そうそう。
カラダがあることについて。

体を維持するためには、
食べなければならない
雨露をしのぐ場所を確保しなければならない
そのためには嫌でも我慢して仕事をしてお金を稼がなければならない
その他いろいろ、不本意で不自由な状態を生きなければならない

ねばならない
なければならない

不自由

そういう一連の『在り方』に、まったくもって価値を見出せなかったのです。

でも、
にんげんとして、
カラダがある状態で生きてる限り、それをやらなければならない

地球、ちっとも楽しくない

それでも、地球と繋がって、地に足つけて生きなければ
と、どこかで感じてはいました。

不便なのでw

にんげんなのだから
(よく、友達がチャネリングをしてくれたときに『降りてきたメッセージ』です。
『にんげんなのだから、にんげんとして生きるように』とw
諭されるようにw
でも、
にんげんであることに抵抗し続けていたので、にんげんをたのしめずにいたみたいです。)

というわけで、こわごわ
思い切って、
グラウンディングを検索しますw

そして、出会った、救いのブログページがこちらです。

NY在住レイキマスター&キネシオロジスト norico1さん

グラウンディングは恐くない

さすれば。
なんと、
私と同じ思いを抱いている人、結構いるじゃないですかっ!!!!!

好奇心の後押しのもと、勇気を出して、読んでみたら、
グラウンディング、思ったより怖くないね。』w
そのまま、読み進めることができ、理解を深められるようになりましたw

食わず嫌い???

グラウンディングの大切さ、グラウンディングはポジティブなあり方、だということを教わり。

地球もさることながら。

検索するうちに、
体にグラウンディングする』ことを提唱されておられる方の意見に感銘を受けたので。

まずは、体にグラウンディングすることにしましたw

私は、カラダこそ、『機械』のように使ってきました。

疲労 = 不具合 
風邪 = 不都合
といった、認識に基づく『扱い』をはじめ。

カラダが正常に機能しない場合、
『困るので、直さなければ、正さなければ』といった、無機質さ。

カラダがあるからこそ、この地球でいろいろな体験をして、生きることができるのだ。

ということを初めて知りました

生きること、地球にいること、カラダがあること
そのすべてが、理解しがたく、それらが苦痛でした。
私にとって。

それらを否定せず、受け入れられたことにより、初めて、
カラダが大事という発想に至ることができたのです。
 
生まれてこのかた、ずっと一緒にいてくれている
(そんな発想なかった!)
カラダにグラウンディングしてみるべし、
と、そのあたりを意識してヨガをやり、瞑想をしてみたのです。

その結果
達したことの無い境地に至り、一度も感じたことのない深ぁい安堵感を得て、
そのまま、
生まれて初めて?赤ちゃんのように熟睡しましたzzz

そのやすらぎが、『あるということがわかり
永遠を感じました。

という体験を経てこそ、
ああ、私のタマシイ、カラダから半抜けだったのね
と気づくことになるのですがw

心身魂がひとつになる
いま、ここにいる、
ということを体感することができました。

ついにw

その体験を経て
カラダがあること、地球にいること、に対する意識が
ゴロリンと寝返りました

それ以来、地球で生きる覚悟ができましたw

やっとwww

いやすぎて、逃げ回ってましたのでwww

それまで
いつもいつも
ここじゃない帰りたい。』と違和感と共に生きてきました。

比喩ではなく、ほんとうに宙に浮いているような感じでした。

しかしながら。
地球になじめない、という一連の状態は。
私の体験した地球生活でもありましたが。
思い込みであった可能性もあります。

というのも。

地球で生きる覚悟ができて以来、
地球で生きるという活動ひとつひとつ、たのしいものにできてきているからです。

ココロのありようしだいで。

ココロのありよう、
って、つかみどころのない、
ネガティブをポジティブにむりやり刷り込みなおす
むりくりココロを騙す、アタマを騙すということではなくって
ぜーんぶ、ありのまま、でいるということなのですが。

その状態を意識的に保つことにより、
愛だけでできているうちゅー
いともダイレクトにつながれることがわかってきました。

 

まごうかたなきグラウンディングを体験し、
カラダとひとつになること
地球とひとつになること
それらが、大きな安らぎを得られる要因であるとわかり、
その状態に導いてくれた存在のことに驚き、感謝し、もっと知りたくなるのです。
そんな私は、チャネリングにもっともっと興味を湧かせるのでした。

こんなにも、自分が生きやすいように変われるよう導き、助けてくれている存在と、
もっともっとつながりたい、と願うようになるのです。

『私って、ひとりぼっちじゃなくって、実は、大家族だったのね(喜)』という、
根拠レスだけど、確実に感じる安心感

そのころ、だいぶんとココロが癒されてきたものの、
まだまだ、朝めざめて、がっかりする毎日を送っていました。

心臓に手を置き、脈打っていることを確かめ、絶望するw
寝起きにw

それでも、ほんのちょびっとだけ元気になってきました。

なにせ、
なんの役にも立っていないダメな自分
マルッと受け入れるまでには、
もぉすこし、かかるのです。

なにかの役に立っていないと生きていてはいけない
という価値観が根深すぎて。

そして、
自分という存在のおおもと
ハイヤーセルフと話したい気持ちが、日々、大きくなるのでした。

いかんせん、高次元の自分
さいしょ、自分自身とはなかなか『交信』という形で繋がれなかったのか。

(今は、繋がる、繋がらない、というよりも、ひとつになっていく、ように感じています♪
たとえ、『このわたし』が『小指の先ほどの意識』であったとしても、
切っても切り離せない『自分=ハイヤーセルフ』なのでw
小指の先をなにかで切っても、ずきずき全身が痛みを感じるように、ハイヤーセルフにも伝わっていると思いつつ。
逆にハイヤーセルフのを『このわたし』がひとつに感じることができるように。)

当時。
望ましい方向へと導いてくれまくっていたとはいえ。
存在を感じ始めたばかり。
私のハイヤーセルフって。
現場の私(肉体を持ち、地球で生きる私)が、
どんなに過酷な環境にいて、
どんなにツラく悲しい思いをしていても、
いいね!』を押して笑ってるよーな感じがする。

ひどい

ドS感、ぱね~(怒)

『いいね!』じゃねーょw

と、おぼろげに感じ、
ウケつつw、それにムカついた私。

自分のことなのに、自分を助けないだなんて、どーゆー神経してるんだ、とw

そして、
私って、何しにここにきてるんだろう?』という疑問にさらなるツッコミをいれたくなり。

使命とか、天命やらwを知りたい。

なにをするために、地球くんだりまでやってきているのか。

(が、しかし、
いま、ここ、を生きる』ために
その憶測がいちばん邪魔だったりするんですよねぇw
もお、ほんと、パラドックス的ヘリクツw)

とにかく、そのとき、
これまでにない大きな変化を迎えていた私は、
ここからどうなるんだろう』と、
天変地異にさしかかったように、うろたえていたのでした。

それで。
くだんの、奇跡の出会いへと繋がる『チャネリング 無料』を、検索。

りえさん meets ちぃやんさん

私だけがオカシイと思ってたら
おんなじくらいオカシイひとにであいましたぁ、あははwww

ほどなく、
一緒に、
さらにたのしく生きてゆくことを
『しぜ~ん』と『ゆる~くw』誓い合うようになっていったのです(凄)

仲間、ぶらびっしもw

奇跡はもうアタリマエ』になってきていたとはいえ。

その日は私の誕生日でしたw

ちぃやんさん、びっくりしましたか???(← 話して、びっくり、されておられましたなw)

いまは。
ハイヤーセルフと意識が繋がることも多く
この記事を書きながらも、
『そうそう、導いたの、ソレ、わたしw じ・ぶ・ん♪』というのを感じつつw
たまに『地球上のモラル』や『特定の文化固有のモラル』に照らし合わせると、
コレは、お知らせしちゃったらダメかも、くらい、
ものすごく大胆すぎるメッセージをくれますw

もともと、
モラルに対して自由すぎる『にんげんの私』。(←ハイヤーに対して、ロウアーセルフ?)

その人がしあわせなら、なにをしてもいい。』
という価値観が、無意識に誰に教わることなく、生来あります。

ただし、個人的に、かつ人格レベルで受け取らなければ。
ただ、存在する、アリw

はいやーさんは、じゆーなので。

自分がだと知っています。

それ、アタリマエ、な感覚w

なので、
にんげんの私』が
身をふたつに引き裂かれているような思いをしている経験の真っ最中

であっても、
いいね!』をしているのは、そのせいです。

ぜんぶ、完璧で成功なのですw

えごちゃんからすると、サイテーな存在

いま、
えごちゃんの視点
はいやーさんの視点
で、
それぞれのものの見かた、が、わかると、
自分て、ひとつじゃないということがわかり、、
ひとつにまとまることができるんだなぁというのがわかり。

おもしろぃなぁ

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